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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)1528号 判決

原告

有限会社キョウセイ

右代表者代表取締役

後藤直志

右訴訟代理人弁護士

宇野聰男

佐藤裕

右復代理人弁護士

香高茂

被告

医療法人山内龍馬財団

右代表者理事

松沢巴

右訴訟代理人弁護士

小野孝男

小川秀史郎

主文

一  被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は原告が金四〇〇万円の担保を供したときは仮に執行することができる。

事実

第一  申立

原告は、「被告は原告に対し金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

(請求の原因)

一  原告は宅地建物取引業法に基づく宅地建物取引業者であるが、昭和六〇年一月一九日被告との間で、左記要旨の専任媒介契約を締結した。

(一) 被告は原告に対し、その所有の藤沢市南藤沢一三番六宅地一八三六・六二平方メートル、同所同番五宅地八二・一〇平方メートル他同所同番一三の各一部合計一五五〇平方メートル(以下「本物件」という)について、売却の媒介を委託する。

(二) 被告は原告以外の業者に対して重ねて依頼することのないものとし、もし原告以外の宅地建物取引業者に本物件の売買を依頼し、これによって契約を成立させたときは、原告は被告に対して所定の報酬金相当額を違約金として請求することができる。

二  右媒介契約に基づき、原告がその売却斡旋に尽力した結果、昭和六〇年三月五日、本物件につき被告を売主とし、訴外東海興業株式会社(本社東京都千代田区神田駿河台四丁目四番地)(以下「東海興業」という)を買主とする左記要旨の売買契約が成立した。

(一) 被告は東海興業に対し、本物件を代金二〇億円で売渡し、同会社はこれを買受ける。

尚取引面積は実測売買とする。

(二) 代金支払の方法、本物件の引渡等に関する詳細は昭和六〇年四月三〇日に両者で合意することとし、右時点までに被告は完全な所有権の行使を妨げる事項を解決する。

三  然るに被告は、前項の契約の履行をしようとせず、その後他の不動産業者の斡旋により本物件を他に売却した。

四  仮に甲第二号証の覚書(昭和六〇年三月五日付で被告と訴外会社とが本物件の売買に関してした合意を記載したもの)作成による意思表示が売買契約の成立とみなされないため、前記専任媒介契約に基づく本来的報酬請求権が認められないとしても、被告は専任媒介契約成立日から法定期限である三ケ月以内の昭和六〇年三月五日付で、その媒介行為により甲第二号証のような内容の契約を締結せしめたのであって、その内容は被告の本物件を代金二〇億円で東海興業に売渡すこと及び売買契約の締結を昭和六〇年四月三〇日限り行うものとすることとして両者が完全な合意をみたのであり、被告はこの契約に基づき、売買契約を締結すべき義務があった。然るに被告は、右期限に契約の締結をしようとせず、他の業者に依頼してこれを他に売却してしまったのであるから、原告に対して報酬金相当額を違約金として支払う義務がある。

被告は、他の業者に依頼して他に売却した行為が昭和六〇年九月以降のことであり、専任媒介契約の法定有効期限である三ケ月以降になされたものであるから、原告に違約金請求権がない旨主張するが、先に述べたように、法定の三ケ月以内に原告の媒介行為によって甲第二号証の内容の契約を締結し、これにより昭和六〇年四月三〇日限りその覚書の内容による売買契約を締結すべき義務を負担していたのであるから、この義務に違反して契約を締結せず、その後他の業者に依頼して本件土地を他に売却してしまった行為は、被告との専任媒介契約に違反し、報酬金相当額の違約金を支払う義務がある。

五  また被告は、原告が専任媒介契約に基づいてなした斡旋行為により、甲第二号証の覚書による契約を締結し、これにより昭和六〇年四月三〇日限りの右覚書の内容に従った売買契約を締結すべき義務があったのに拘わらずこれに違反し、本件物件を他に売却してしまったのであるから、原告が契約の成立により期待しうべき報酬請求権を故意に侵害したものであり、原告がこれにより被った報酬金相当額を損害賠償する義務がある。

六  よって原告は、第一次的に、宅地建物取引業者として、宅地建物取引業法第四六条の規定に基づき建設大臣が定める告示所定の報酬基準たる売買価格の三パーセントの報酬金を受くべき取引慣行上の権利を有するので、売買価格二〇億円に対し右比率を乗じた報酬金六〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、第二次的に専任媒介契約に基づく違約金、第三次的に不法行為に基づく損害賠償請求として、右同額の支払を求める。

(答弁)

一  請求原因一項の事実中、原告については不知、後段の専任媒介契約成立の事実は認めるが、これは後述のとおり無効である。

二  同二項の事実は否認する。その理由は後述する。

三  同三項の事実中、被告が原告以外の不動産業者の斡旋により本物件を他に売却した事実は認め、その余の主張は争う。

四  同四項の違約金請求の主張について

専任媒介契約の違約金の請求権の権利の発生の要件は、被告が専任媒介契約の有効期間(宅地建物取引業法の定めでは最長三ケ月)内に原告以外の宅地建物取引業者に本物件の売買または交換の媒介または代理を依頼し、これによって売買または交換の契約を成立させることである。このことは、専任媒介契約締結により、被告が負う義務はその有効期間内に原告以外の業者に本物件の売買または交換の媒介または、代理を依頼することができなくなるというものであること及び、甲第一号証専任媒介契約書第2項一の違約金についての約定から明らかである。

しかるに被告が原告以外の宅地建物取引業者に本物件売却の媒介を依頼しその斡旋により本物件を売却したのは、原告・被告間の専任媒介契約の有効期間が既に切れた昭和六〇年九月以降のことであり、被告は専任媒介の有効期限内に他の業者に本物件の売却の媒介を依頼してはいない。

従って、違約金請求権はその発生原因を欠くため発生しないのである。

五  同五項の不法行為に基づく損害賠償請求の主張について

被告には売買契約を締結すべき義務はなく、原告は報酬期待権を有しない。

宅地建物取引業者に不動産売買の媒介を依頼した者は、仲介契約締結後も売買契約を締結するか否かを決する自由を有している。仮に被告と東海興業との間の覚書が効力を有するものであり、被告が同会社に対して売買契約を締結すべき義務を負うに至ったものとしても、それはあくまで同会社に対する義務であり、被告が原告に対してかような義務を負うものではない。

仲介契約は準委任ではあるが、請負的色彩が強いものであり、不動産仲介業者は、売買契約を締結させなければ依頼者に対し報酬を請求しえないものである。そして依頼者は売買契約を最終的に締結するか否かを決する自由を有しているのであり、依頼者が仲介業者に対して仲介業者が斡旋した相手方と売買契約を締結する旨約束してもこれに拘束される性質のものではない。

また、甲第一号証契約書第2項二によれば、媒介契約の有効期間において、被告が自ら発見した相手方と本物件の売買契約を締結したときや、原告の責に帰すことができない事由により被告が媒介契約を解除したときにおいても、被告は原告に対し媒介契約の履行に要した費用の償還義務を負うだけで報酬相当額の損害金を支払う義務を負うものでもない。

以上によれば原告が被告に対し報酬金相当額の損害賠償請求権を有するとの原告の主張が理由のないものであることは明らかである。

六  原告が被告に対し本物件の売買価額の三パーセントの報酬金を受くべき取引慣行上の権利を有するとの主張は争う。宅地建物取引業法第四六条の規定に基づき建設大臣が定める告示所定の報酬基準は宅地建物取引業者が受け取り得る報酬の最高限度を定めたものであり、右規定が報酬請求権発生の根拠となるものではない。

かえって、宅地建物取引業法第三四条一項五号によれば、宅地建物取引業者は媒介契約に際し報酬に関する事項を書面に作成して依頼者に交付する義務を負担しているにもかかわらず、甲第一号証にはなんらの記載もない。

(被告の抗弁と否認の理由)

一  専任媒介契約の効力について

甲第一号証による専任媒介契約は左記理由により無効である。

(一) 訴外山内祐一は甲第一号証作成当時病気のため正常な判断が出来ず、意思能力を欠く状況下にあった。

(二) 甲第一号証は、被告の寄附行為に定められた手続を経ることなく訴外山内祐一が独断で調印したものである。被告は、創設以来数十年の歴史を有する山内病院の運営母体であり、神奈川県医師会長をはじめ斯界の有力者を理事として運営されている職員数十人の専門病院である。

しかも、売却対象とされた不動産は神奈川県藤沢市に所在し、その価額は二〇億円をはるかに超えるものである。訴外山内祐一と原告との間でどのような書類が作成されたかは詳かではないが、被告の寄附行為に従うことなく、しかも被告において常備している記名判、理事長印等を使用することもなく、不動産物件の所在地と遠く隔った原告に財団の基本財産の処分を委ねる契約をすることを被告の理事や評議員会が承認する筈はない。

(三) 甲第一号証自体が未完成もしくは重要部分において宅地建物取引業法に違反した違法・不当なものであり、二〇億円をはるかに超える不動産の専任媒介契約書の体裁をなしていない。

二  東海興業との売買契約の成立について

原告と東海興業との間で本物件について売買契約が成立した事実はない。

(一) 甲第二号証の作成について訴外山内祐一の能力及び権限に無効原因が存することは前記一の(一)及び(二)と同じである。

(二) 原告は、甲第二号証の存在をもって売買契約成立の証拠とするもののようであるが、甲第二号証はその標題及び内容から明らかなように売買契約書と解する余地はない。

また、本物件の如く高額の不動産取引にあたっては取引条件等細目が決定された正式の売買契約書の作成と手附金の支払いがあってはじめて売買契約が成立するとするのが業界の慣習であるとともに多くの判例の存するところである。

第三  証拠〈証拠〉

理由

一原被告間に原告主張の内容の専任媒介契約が成立したことは争いがない。

被告は、右専任媒介契約は無効であるという。その事由として挙示するもののうち、当時の被告代表者であった訴外山内祐一が意思能力を欠いていたとの事実はこれを肯認するに足りる証拠はない。手続違背をいう点は、それにより被告内部で責任問題が生ずることはあっても、対外部的に、右契約の効力が左右されるものではなく、甲第一号証が未完成もしくは宅地建物取引業法に違反し、専任媒介契約書の体裁を具備していないとの点は、同文書を点検すれば、契約期間が一二ケ月となっていて法定の三ケ月を超えており、又空欄のまま記入されていない部分があることは認められるが、その故に民事上の効力に影響する事項であるとは認め難いので、被告の右主張は理由がない。

二〈証拠〉によれば、原告は宅地建物取引業者であることが認められるので、原告主張の売買契約が成立したとすれば原告は被告に対し報酬の支払を請求しうることになる。

そこで右売買契約の成否について検討する。〈証拠〉を綜合すると、以下の各事実を認めることができる。

1  昭和五八年当時、被告の病院建物は建築後五〇年を経過し老朽化していたため、これを新築建物に改める計画が同年一二月開催の被告理事会において承認され、その資金は病院敷地の西側半分弱の部分約一五〇〇平方メートルを売却して調達することも同時に可決された。翌五九年五月開催の理事会では、新築工事の設計、施工を訴外戸田建設株式会社に代金約八億七〇〇〇万円で請負わせる議案が承認され、その後訴外山内祐一が被告の理事長に選任された。

その頃被告において東京の不動産鑑定士に右売却予定地を評価させたところ、一五億八一〇〇万円との鑑定がなされた。

2  右山内祐一は被告の理事長に就任したものの、従前どおり仙台市にある東北労災病院の心療内科医長の職に留まっていたため、昭和五九年一一月頃、前記土地の売却について以前からの知合で自己が家庭医にもなっている同市在住の訴外永井秀男に相談し、翌六〇年一月頃同人から原告を紹介された。山内祐一としては、建築に約九億円、医療機器に四、五億円を要するので、これに土地売却所得に対する税金を加算すると、前記評価額で売却したのでは剰余金がなくなり、病院の運営費に窮することになるので、できうれば二〇億円位の値段で売りたいとの意向を原告に伝え、前記専任媒介契約を締結した。

3  原告の営業活動の結果、買手として東京証券取引所第一部上場会社である東海興業が見付かり、同年三月五日付で被告と東海興業との間で「覚書」と題する左記文言の文書が作成された。

(前文) 医療法人山内龍馬財団山内病院(以下甲という)と東海興業株式会社(以下乙という)とは、末尾記載の土地(以下本物件という――本判決の「本物件」と同じ)の売買に関し、下記事項について本日合意したので、本覚書を締結した。

第一条 甲は本物件の所有権を乙に売り渡し、乙はこれを買い受けるものとする。

第二条 本物件の売買価格は、総額二、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円也とする。尚、その取引面積は、実測売買とする。

第三条 甲と乙は、本物件の売買契約の締結を昭和60年4月30日までに執り行うことに合意し、この時までに、完全な売買契約の行使を阻害する事項がある場合には、甲はこれらを解決するものとする。尚、上記阻害の解決につき乙は甲の申し出により、必要の都度全面的な協力を行うものとする。

(第四条、第五条 省略)

4  山内祐一は右覚書を作成する数日前にようやく被告の他の理事に、本物件を二〇億円で売却する旨の連絡をした。ところが、当時既に本物件を二一億円とか二三億円で買受けたいとの引合いが藤沢市の現地に寄せられていたため、当時の理事で昭和六〇年七月以降山内祐一に代って被告理事長に就任した松沢巴らは山内祐一の右意向に強く反対した。

そのため山内祐一は被告病院建物の新築や、その前提となる本物件の売却につき意欲と熱意を失い、原告や東海興業との関係から手を引いてしまった。東海興業と原告は藤沢市の被告本部に対し、前記覚書による合意事項を履行するように求めたが、明確な対応を得られぬまま推移した。

その間、右のとおり山内祐一が被告理事長を退任して松沢巴がこれに代り、松沢新理事長により同年九月本物件は訴外日本生命保険相互会社に代金二七億七〇〇〇万円で売渡され、所有権移転登記手続等も履行された。東海興業側では、被告に対し損害賠償請求をすることも考慮したが、間接的に日本生命という大会社を相手にすることになって却って不得策であるため、結局そのような手段をとることになく終った。

以上のとおり認めることができる。この認定を左右する証拠はない。右の事実、殊に3の覚書作成の事実に依拠して考察するに、被告と東海興業との間には、右の時点で本物件の所有権を被告から東海興業に移転すること及び後者が前者に代金二〇億円を支払うことについての合意が成立し、残されているのは登記手続、引渡及び代金支払の各債務の履行だけであり、覚書の第三条に「売買契約の締結を昭和60年4月30日までに執り行う」とある文言は同日までに双方各債務の履行をすることを約した趣旨に理解するのが相当である。すなわち、覚書作成の際の合意は単なる下話とか予約ではなくて、民法五五五条に該当する双方意思の合致であると見るのである。けだし、民法上売買は方式自由の諾成契約であり、対象となる財産権と代金額が定まり、売ろう買おうの約諾がなされた以上、それは予約に止まらず売買そのものであるといいうるからである。

右に考察したところからすると、被告と東海興業の間に昭和六〇年三月五日本物件を目的とする売買契約が成立したといわなければならない。尤も、対象物が不動産であり、しかも二〇億円という高額の物件であるから、当事者の合理的意思として、契約成立時に本物件の所有権が移転するのではなく、代金の全部又は大部分が弁済される時点まで売主に所有権が留保される旨の黙示の了解があったと推認するのが妥当であると考えられるが、このことが売買契約成立の判断に影響を及ぼすものではないのは明らかである。

被告はここでも山内祐一の意思能力及び権限欠除を主張するが、これを採用しえないことは先に判示したのと同じである。

三報酬額につき、原告は売買価格の三パーセント相当額の報酬を受くべき取引慣行上の権利を有しているという。しかしそのような慣行の存在は未だこれを認めるに十分ではないので、右数値を上限としてその範囲内で原告の貢献度、寄与度に応じた報酬額を定めるべきである。しかるところ、前記認定の諸事情を綜合勘案すれば、売買価額の二パーセントの二分の一に当る金二〇〇〇万円をもって本件の報酬額とするが相当である。

原告は予備的に違約金もしくは不法行為に基づく損害賠償金として報酬額と同額の請求をしているが、仮にこれら主張の成否につき判断して肯定の心証をえたとしても、その場合の認容額が二〇〇〇万円を超えないことは事理の上で明らかであるから、予備的請求についての判断は行わないことにする。

四よって、原告の請求は仲介報酬金として金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和六一年一月二五日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの部分を認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条に従い、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官小林啓二)

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